…………
気になる。
美鶴は向けられた視線を避けるように、上目遣いで肩を竦めた。
だが、やはり気になる。
軽く握った右手を唇に当て、意味あり気に自分を見下ろしてくる視線。意識すると、目の下から頬全体にかけて紅潮しそうになる。自分でもわかる。
「あの……」
我慢しきれずおずおずと口を開く美鶴に、霞流慎二はハッと小さく驚いて目を見開いた。
「あぁ すみません」
「い いえ」
そんなに変かなぁ?
井芹に整えてもらった身なりは、自分で見ても自分とは思えない。これでは正装と言うよりも、むしろ仮装だ。
仕方ないじゃん こんな格好したことないんだし。
一方の慎二は着慣れているのか、濃紺のスーツもシットリと馴染んでいる。
もともとその物腰にも仕草にも品を漂わせている彼だ。似合わないワケがない。
あのような隔離された丘の上で、他人目を避けるように過ごす生活などもったいない。彼を表の世界に出そうと躍起になる母親の心情も、わかるような気がする。
だが美鶴は、そんな彼へまともに視線を向けることができない。
向ければ、目が離せなくなる。そんな恐怖にも似た感情が、先ほどから美鶴の胸を締め付ける。
ヤバいなぁ〜
ただでさえ慣れない出で立ちだ。こんな不安定な心理状態で、ボロを出さずに友人を演じきれるだろうか?
それに、車内での発言も気になる。
「見捨てるようなコトはしませんから」
霞流さん、絶対何か隠してるよなぁ〜 こんなお願い了承したのって、ちょっと軽率過ぎたかなぁ?
アレコレと頭の中を駆け巡る想いに耽り、知らずに床を凝視する。その肩に、ポンっと手が乗った。
それほど強い衝撃ではなかったにも関わらず、飛び上がるほどに反応する。
「緊張… してますね」
含み笑いが耳元で―――
顔を向けられぬまま瞳だけを流す先で、やはり相手は笑っている。
「大丈夫、とても似合っておいでですよ」
とか言って、笑ってるじゃんっ!
恥ずかしさに全身が震えるも
「あまり深く考える必要はありません。私が傍にいますから」
身を屈め、囁くような小声に生唾を呑む。
パーティーの間、傍にいてくれと頼んできたのは霞流慎二。だがその張本人は、本番を前にそれほど困った様子もない。
私を誘った理由、他にあるんじゃないの?
不安を膨らませる美鶴の態度にも、慎二の物腰は実に優しく、そして甘い。
「そのような初々しい仕草は、かえって目を引きやすい」
甘く、少しさわやかに漂う芳香。
「そのように初心な表情をされると、殿方が放っておいてはくれない。あまりに執拗だと、私でも護りきることはできない」
うっ 初心ってっ!
ってか、護るって何ですかぁぁぁぁ〜っ!
「まぁ 何かあったら携帯を使ってください。持っていますよね?」
身を硬直させる美鶴にクスクス笑うと、屈めていた身を起こした。同時に、エレベータが到着する。
慎二は右手を差し出して、首を傾げた。
お手をどうぞ
その貴なる仕草に、躊躇いながらも差し出す美鶴の右手。慎二はやんわり掴むと、己の左肘に誘導する。
く… 組めということだろうか?
だがそうだとしても、恥ずかしくてできそうにない。中途半端に肘に手を添えたところで、エレベーターの扉が開く。
目の前にパァッと光が広がり、眩しさに思わず瞳を細めた。
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