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【アラベスク】  第5章 古都の夢



第2節 再会は甘く優しく [16]




 …………
 気になる。
 美鶴は向けられた視線を避けるように、上目遣いで肩を竦めた。
 だが、やはり気になる。
 軽く握った右手を唇に当て、意味あり気に自分を見下ろしてくる視線。意識すると、目の下から頬全体にかけて紅潮しそうになる。自分でもわかる。
「あの……」
 我慢しきれずおずおずと口を開く美鶴に、霞流慎二はハッと小さく驚いて目を見開いた。
「あぁ すみません」
「い いえ」
 そんなに変かなぁ?
 井芹に整えてもらった身なりは、自分で見ても自分とは思えない。これでは正装と言うよりも、むしろ仮装だ。
 仕方ないじゃん こんな格好したことないんだし。
 一方の慎二は着慣れているのか、濃紺のスーツもシットリと馴染んでいる。
 もともとその物腰にも仕草にも品を漂わせている彼だ。似合わないワケがない。
 あのような隔離された丘の上で、他人目を避けるように過ごす生活などもったいない。彼を表の世界に出そうと躍起になる母親の心情も、わかるような気がする。
 だが美鶴は、そんな彼へまともに視線を向けることができない。
 向ければ、目が離せなくなる。そんな恐怖にも似た感情が、先ほどから美鶴の胸を締め付ける。
 ヤバいなぁ〜
 ただでさえ慣れない出で立ちだ。こんな不安定な心理状態で、ボロを出さずに友人を演じきれるだろうか?
 それに、車内での発言も気になる。

「見捨てるようなコトはしませんから」

 霞流さん、絶対何か隠してるよなぁ〜 こんなお願い了承したのって、ちょっと軽率過ぎたかなぁ?
 アレコレと頭の中を駆け巡る想いに(ふけ)り、知らずに床を凝視する。その肩に、ポンっと手が乗った。
 それほど強い衝撃ではなかったにも関わらず、飛び上がるほどに反応する。
「緊張… してますね」
 含み笑いが耳元で―――
 顔を向けられぬまま瞳だけを流す先で、やはり相手は笑っている。
「大丈夫、とても似合っておいでですよ」
 とか言って、笑ってるじゃんっ!
 恥ずかしさに全身が震えるも
「あまり深く考える必要はありません。私が傍にいますから」
 身を屈め、囁くような小声に生唾を呑む。
 パーティーの間、傍にいてくれと頼んできたのは霞流慎二。だがその張本人は、本番を前にそれほど困った様子もない。
 私を誘った理由、他にあるんじゃないの?
 不安を膨らませる美鶴の態度にも、慎二の物腰は実に優しく、そして甘い。
「そのような初々しい仕草は、かえって目を引きやすい」
 甘く、少しさわやかに漂う芳香。
「そのように初心(うぶ)な表情をされると、殿方が放っておいてはくれない。あまりに執拗だと、私でも護りきることはできない」
 うっ 初心ってっ!
 ってか、護るって何ですかぁぁぁぁ〜っ!
「まぁ 何かあったら携帯を使ってください。持っていますよね?」
 身を硬直させる美鶴にクスクス笑うと、屈めていた身を起こした。同時に、エレベータが到着する。
 慎二は右手を差し出して、首を傾げた。

 お手をどうぞ

 その(あて)なる仕草に、躊躇いながらも差し出す美鶴の右手。慎二はやんわり掴むと、己の左肘に誘導する。
 く… 組めということだろうか?
 だがそうだとしても、恥ずかしくてできそうにない。中途半端に肘に手を添えたところで、エレベーターの扉が開く。
 目の前にパァッと光が広がり、眩しさに思わず瞳を細めた。







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